今年初のブログです。
なんとなんと、今年も1年ぶり⁈
陸繋砂州通信、開いてみたら最終更新が昨年1月のどんど焼きでした💦
昨年1年、あんなにいろいろあったのに…(いや、あったから書けなかったともいえるのですが)スミマセン、今年はもう少し何とかしたいです。
まずは6日、小林政広監督のお手紙出現から書きたいと思います。それからお馴染みのどんど焼き、そして昨年のご報告など記します。
探し物をしていたら、映画監督の小林政広さんの手紙が出てきたのです。
小林監督の手紙や賀状は一つにしていたのですが、それとは全然別の、資料と本の間から出てきました。そして、筆跡は懐かしい小林監督の文字でしたが、中身はまったくおぼえていなかったのです。
「恒河沙」創刊号への感想と励ましでした。
神楽坂山田製の原稿用紙5枚に特徴的な懐かしい字でびっしり書かれていました。
私が書いた佐藤泰志著『海炭市叙景』論をほめてくださり、自作を個人誌で出したことにご自身が未発表のシナリオ集を出された時のことを思い出したと書かれていて、ありがたくて涙がぼろぼろ流れて止まりませんでした。
驚いたのは、その二日後でした。猫造@nekozou23さんが6日に「小林政広監督おたおめ」とツイートしていたのを見たのです。え、あけおめ、ならぬ、おたおめ? わー、そうだ、お誕生日おめでとうだ
そうでした、1月6日は小林政広監督の誕生日だったのです。お手紙はその日に出てきたのでした。また泣いた。そして、亡くなられてから3年経ってるのに、監督のお誕生日を覚えていて、ちいさくつぶやく猫造さんに感謝でした。ありがとう、猫造さん!
正月七日、近くの湯倉神社へ注連飾りや縁起熊手をどんど焼きの炎へ投げ入れてきました。注連飾りには今年の干支の小さな絵馬がついていました。馬が好きです。
身体の前後くまなくどんど焼きの火に当たるように背を向けたり手をかざしたりしました。それから手を濯ぎ、お参りしてきました。
おみくじを引く前に、21日に入院手術する札幌の友達と自分のために「病気平癒御守」と刺繍された同じ色のお守りを二つ買い求めました(その日のうちに送りました)。毎年の熊手も買いました。
おみくじは普通のが「第七七番 吉」で、大開運御籤が大開運でした。
ほんとにそうならいいな。
いちばん心配な健康病気療養の項に「病気は軽く見ずに医師の診断を早めにあおぐこと」とあって思わず頷いてしまいました。
実は、元旦から体調ことに足の調子が悪く(蜂窩織炎)、薬を飲んだり湿布したりいろいろしてもよくならず、翌二日、休日当番医の赤十字病院で抗生物質の点滴を受け、内服薬をもらってきていました。私にしては素早い行動。昨年の苦い経験があったからでしょう。
昨年5月、癌の手術・抗癌剤治療から10年目の検診で、それは寛解だったのですが他の病気がみつかり、6月から9月まで入退院と通院が続いていました。地元の病院からの紹介で札幌の大学病院への通院や入院で、日が経過していきました。
そういうことがあったので、今年は入院に至らないで済むよう、早めの受診を心がけようと思っていたのでした。
昨年はそんな日々でしたが、良いこともありました。
9月末にイレウスで運ばれた病院から退院してすぐ、「恒河沙」9号の準備に取り掛かりました。映画音楽の特集をしようと決めていました。面識はないけれどⅹ(旧Twitter)で相互フォローだった映画監督の井土紀州監督の音楽エッセイを入院中読んで感動していたので、思い切って寄稿をお願いしたら快く引き受けてくださり、感激しました。
入院中は、今年は「恒河沙」出せないかもしれないな、と気弱になっていたのですが、井土監督が引き受けてくださったことで、がぜん元気が出て(ゲンキンデス笑)、敬愛する映画と音楽の好きな方に声を掛けました。締め切りまで少ない日数でしたが、ほとんどの方が気持ちよく引き受けてくださり、うれしかったです。
10月は二つの会合に出ました。私には珍しいことでした。
一つは函館の文芸誌「視線」創刊から40周年を記念しての会でした。最近では珍しいホテルでの盛大な会でした。病み上がりで不安もあり、出席をためらう気持ちもあったのですが、主催の「視線」代表の和田さんは、かつて高文連でご一緒にお仕事をしたご縁もあり出かけたのでした。
行ってよかったです。
たくさんの懐かしい方に会いました。
なかに、「わかりますか」と声をかけてくださった女性がいて、首を傾げたところ名乗られてびっくり、3男の中学の担任の先生でした。とてもやさしい先生でした。お世話になりました。驚いたのは、私の30年以上前の第一詩集『鬼捲り』をお持ちくださっていたのです。ありがとうございます。
10月はもう一つうれしい集いがありました。
札幌の澤田展人さん発行の文芸誌「逍遥通信」10号の合評会です。初参加でした。

6月に発行された「逍遥通信」に私も「函館の青柳町こそかなしけれ ー啄木の恋、節子の愛」を寄稿していました。

その会でも懐かしい方に会いました。不案内な私を玄関から誘導してくださった女性は北海道詩人協会でご一緒だった菅原未榮さん、隣の男性は北海道新聞の「日曜文芸」詩の選者にと函館の拙宅まで足を運んでくださった中村康利さん、その隣は佐藤泰志と函館西高校で同級生だった北村巌さん。「はこだてルネサンスの会」という佐藤の『海炭市叙景』映画化のきっかけをつくった会でご一緒でした。発行人で会場のゆる山ホールの主人である澤田さんとは、メールやお手紙でのやりとりはあったものの、ご対面は初めてでした。でも、そんな感じが全然しませんでした。作品でよく知っていたからでしょうか。
澤田さんはその年の春、『アジアのヴィーナス』という小説集を出されています。帯文は福間恵子さん。表題作は、故福間健二さんがほれ込んだ作品だったのです。
ほかの初対面の方々もみなさんお優しい方ばかりで、すごく心地よかった。
札幌から帰宅してすぐに、函館にいらしていた佐藤泰志夫人の喜美子さんが、二番目のお嬢さんと訪ねてきくださいました。
喜美子さんも映画がお好きなので「恒河沙」の映画音楽特集にお誘いしたのですが、それは辞退されました。でも、たくさんお話ししてとても楽しかったです。昔からの親友のようでした。
こうして、振り返ってみると私にとって2025年10月はたくさんの出会いがあった素晴らしい時でした。
小林政広監督のシンガーソングライター林ヒロシ時代に、『とりわけ10月の風が』という、ディラン・トマスの詩から採ったタイトルのアルバムがありますが、まったく「とりわけ10月の出会いが」の日々でした。
そして12月、「恒河沙」9号が無事、発行できました。
特集「わが心の映画音楽」は18篇のエッセイです。
どの作品も個性豊かですばらしいです。
この特集を進めるにあたって、大きな力をくださった井土紀州監督の映画、山川方夫原作『愛のごとく』は本日、池袋新文芸坐で公開です。おめでとうございます❣
1年分の回顧となるとさすがに長くなりました。
ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします❣


