自分の力で大きなものにぶつかっていくような、そんな生き方・・・

4月ですね。
3月の後半は、これでもかというぐらい諸々あって忙しい日々でした。
ここを開くのも久しぶりです。
昨年秋にブログをはじめてから、書き込みのもっとも少ない月になっていました。
家族の慶び事や、大変なこともいろいろあって、3月末必着の原稿に取りかかったのは29日という、スリリングな運び(笑)。
一昨日の朝、必死に書いていたら、督促の電話。わお。
なんとか書き上げ、午後の「游人」の打ち合わせのあと中央郵便局まで行って速達で出しました。
無事に3月を乗り切れました。
 
原稿は、函館の土地と作家のことを、という依頼だったので佐藤泰志のことを書きました。
砂州の街に生きる人々、「海炭市叙景」と「そこのみにて光輝く」、
それを書いた、米を担いで海峡を行き来し、朝市で売りさばいていた両親のもとで育った佐藤泰志は、
元町育ちの作家たちや、旅人・辻仁成とは違うということ。
昨秋のイベントでの波の音と鴎の声を思いだしながら、中学時代の泰志の文章をあらためて読みました。
島木健作の『赤蛙』を読んだ感想文です。
この感想文は、全道のコンクールで受賞もしているのですが、ほんとうにいい文章です。
あらためて感じ入りました。
これまでは、どうしても最初に出会った「市街戦のジャズメン」の印象が強烈すぎたのですが、
今回、少年泰志の像がわたしのなかで、しっかり結び、生きて動いて話すのです。
その声に励まされたり、胸がいっぱいになったりしました。
 
〈赤蛙は、急な流れに何度も飛びこんで、ついに死んだ。赤蛙は死んだ。が、その死がどのような意味をもっているのか主人公「私」同様に、ぼくもいろいろと考えさせられた。そしてまた、赤蛙の生死とは別に、ぼくたちの「人生」にもふれることができた。〉
 
こうはじまる文章は、赤蛙がなぜ自ら多難な道につっこんで死んだのか考察し、二通りの考えをまとめています。そして結びは
 
〈社会や人生や、赤蛙の死や「私」のこれからの生き方などが、ぼくにはぼんやりとわかったようである。ただ頭の中ではまだ混乱している。しかし、それでいて心のどこかで赤蛙のように自分の力で大きなものにぶつかっていくような、そんな生き方を望んでいるようだ。〉「『赤蛙』を読んで」より
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

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