桐野夏生からのエール ―― 『夜また夜の深い夜』

11月ですね。
風がピーピュー鳴って木々が揺れています。
ひよどりは海峡を渡って温かい地へ向かったようです。
どこへも行けないわたしも暖かい部屋で温かいコーヒーを、もう一杯。
 
久しぶりに桐野夏生を読みました。
電車やバスの車中で読み、止まらなくなって降車後は喫茶店に入って読み続けたのでした。
『夜また夜の深い夜』面白かったです。
実に桐野さんらしい小説でした。
飽きさせない展開、むごいシーンも逃げずに描ききる筆力。桐野ワールドを堪能しました。
 
主人公のマイコ(舞子)は自分の出自も姓も父も知らない少女。国籍もIDもパスポートも金も無し。
母とは一緒に暮らしていますが、その母は時々マイコをひとり置いていなくなり戻ってきたときは整形で前とは違う顔になっている謎の女。何の仕事をしているかも判りません。住まいも数年おきに転居し、今はナポリの貧民街の狭小の家で貧しい暮らしをしています。母の仕事仲間という男がたまに訪ねてきてお金や日本の古雑誌を置いていきます。
マイコは七海という女性の生い立ちや現在を雑誌で知り、その境遇にちかしさを感じて手紙を書きます。その手紙に舞子の状況や事件が綴られてゆくことで、物語は展開していきます。
(七海は、テロリストの日本女性の娘で父はアラブ人らしい。日本国外で生まれ、母は現在日本で服役中という、元日本赤軍派のSさんと娘のMさんを彷彿とさせる設定。)
日本のMANGAに夢中になったマイコは厳しい母の家を出て、地下に住むエリスとアナに出会います。エリスやアナの経験してきたことは、マイコのこれまでなんか幸福なものじゃないかと思えるぐらい苛烈で悲惨なものです。この二人に助けられマイコは日々をしのいでいくのですが……。
 
桐野夏生は凄いです。
彼女たちを、ただの悲劇のヒロインとして美しく描くばかりの物語には絶対しません。
残酷なシーンを記述するのは、女性作家でなくともキツイと思いますが、彼女は決して手を抜きません。
この作品は、ノンフィクションではないですがリアルな世界です。
今日的な問題をたくさん抱えています。
戦争・内戦、宗教、ストリートチルドレン、難民、無国籍、そして親の罪科を子どもが贖わなくてはならないのか、といった問題まで。
 
マイコとエリスとアナ、そして七海という4人の女性の物語は、『OUT』を想起させます。
『OUT』は、深夜の弁当工場で働く4人の、子どもがいたり姑を抱えている女たち、母世代の物語でした。『夜また夜の深い夜』の4人は、少女から大人の女性へ向かう女の子たちです。
どちらの小説にも、血が流れます。悪もあります。
そんな世界で、桐野夏生は彼女たちに「生き抜け!!」というエールを送っているのだと感じます。
読後、自分の悩みなんてちっ夜また夜の深い夜ぽけなものだなと思い知らされます。
 
 
 
 
 
 
 
 
幻冬舎(1500円+税)
 
 
タイトルの『夜また夜の深い夜』はロルカの詩から採られたそうです。
(長谷川四郎訳のロルカ詩集を持ってたはずなので、書棚を探したのですが見つかりません。)
すてきな詩行だ、そう思うと共に、隣の母さえ見えない真っ暗闇の中で不安げな幼いマイコも浮かんできます。
 
世界中のちいさいマイコたちが安心して眠れる夜と幸せな朝を迎えられますように!
 
 
 
 
 

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