九月のこと

✒あっという間に10月です。

ずっとブログも書いていませんでした。

何もなかったわけではありません。いろんな事がありました。

9月はとくにいろいろありました。

7日、訃報が届きました。

小林政広監督が亡くなったと映画通の方がDMで教えてくださいました。

驚きました。しばらくやりとりしてしていませんでしたが、年の初めに賀状で年末にお送りした「恒河沙」5号のことについて刺激を受けたと書いてくださっていて、次回作を期待していました。

亡くなられたのは8月20日ということでした。

小林監督には、たくさんお世話になりました。

ツイッターを見にいったら、最後のツイートは8月1日、その前は3月でした。

「いいね」も開いてみたら、最後の「いいね」が私のツイートでした。ふたつ続けて。泣きました。見ていてくださったのだと、ありがたくて、かなしくて。

小林監督との思いて出は数々あります。

私の個人誌「恒河沙」3号にも寄稿してくださいました。

このブログでも『日本の悲劇』の感想や、仙台でお会いした時のことなど記しています。けっして忘れることはないでしょう。悲しみが癒えたら、思い出すことなどまた書き残せたらと思います。

✒中旬にはハードな三日間がありました。

18日が夫の七回忌でした。

命日は少し後ですが、息子たちが参列しやすいよう3連休中にと考えていました。

5月に、宗教学者で神道シンガーソングライターの鎌田東二さんのイベントを小樽の長屋のり子さんに依頼されて、その函館での日程が9月19日とのことでしたので、18日に決めたのでした。法事の後、息子たちや姉と、長男の新宅を見に行きました。その帰りに、義兄のお見舞いにも寄りました。帰宅してから、翌19日の資料を夜中まで作るハードな一日でした。

19日のライブは無事終えることが出来ました。

コロナ下ということもあり、来場者は少なかったですが、鎌田さんはもちろん、朗読の嵯峨牧子さん、小篠真琴さんが頑張ってくださり、充実した時間でした。ずっと会えなかった友人達にも会えて楽しかったです。

そして20日は、作詞をした青柳中学校の校歌についての新聞社取材がありました。

東京出身の記者さんでしたので、私の郷里・函館への想いが伝わるかなと思いましたが、後日、記事を見たら、丁寧に書いてくださっていました。

駆け足で、9月の備忘録でした。

この夏、どこへも出かけない私を、ベランダの花たちが目を楽しませてくれました。

ありがとう。

 

 

 

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