『歩く、人』(’02監督:小林政広)を観ました。
よかった!
観ている最中も観終わってからも、いろんな想いがよぎりました。
あまりに、いろいろなことを思ったので、まとまりのない感想になりそうですが
すこし記しておこうと思います。
雪の北海道、鮭の孵化場へ通う父(緒形拳)
その父の世話を、母の死後ずっと続けてきた次男
10年前に家を出て音楽の夢を捨てきれない長男
3人の男たちには、それぞれ恋する女性がいて。
そんな家族の、母の三回忌の前後の物語なのですが
近親ゆえの葛藤や齟齬が、おおげさでなく、愛情を持って描かれていて
胸がいっぱいになりました。
兄弟が外で話すところ、吐く息が半端じゃなく白く、
やっぱり野外ロケはテレビのセットと違っていいなあ、
なんて北海道人としては単純に喜んだり。
父親と折り合いの悪い長男が、冬でもアイスを食べるところが父と似ていたりするところ
うまいなあ、と思ったり。
父親に掴みかかっていく長男を、身体ごと必死で止める次男の父や兄や義姉になるひとへの優しさもあふれて。
3人の女性の描き方も好きでした。
人形じゃなく、激したり奔ったりする魅力的な生身の女性たちでした。
それと、『愛の予感』の鉄工所でも感じたことですが、
人が生きて働く場所をきちんと撮られているなあ、と感心しました。
鮭の孵化場、稚魚たちの部屋をはじめて見ました。
ああ、きりなく語りそうですね。
挿入される緒形さんの川柳が、人物紹介や心象描写になっていて、
しかも緒形さん独特のインパクトある筆跡で、いいアクセントになっていると感じました。
そして、その川柳で思い出した緒形さんのこと。
数年前の10月、ある会合の2次会で、母の介護で函館に帰省中という映画関係者と同席しました。
その方に、日本の映画俳優で誰が好きか、と訊かれ、「緒形拳!」と答えていました。
その直後の訃報。驚きました。
そして、なんで緒形拳と答えたんだろう、それほど緒形さんの映画を観ているわけでもないのに、と考えたら
「豆腐屋の四季」でした。
緒形さんが兄で林隆三さんが弟の、そのTVドラマが、わたしは好きだったのです。
松下竜一さん原作のそのドラマでは、松下さんの短歌が添えられていたように記憶しています。
そして、松下さんから想いはさらにべつの糸をたぐり寄せ
ひとりの俳人へと。
大道寺将司
死刑確定囚です。
彼の句集と書簡集など集中して読んだ時期に
彼が「豆腐屋の四季」の愛読者だと知りました。
わたしは、彼の母、生涯、息子を愛し、亡くなるまで面会に通い続けたお母さんに胸をうたれていました。
大道寺将司の犯した大罪を、けっして肯定はしませんが、彼の、アイヌや虐げられてきた人たちへの想いの純粋さを著書から感じてもいました。
彼はまた、血のつながらない母を実母として愛する息子でもありました。
「小六月童女の如き母なりけり」「青簾向かうに若き母の居て」などの句があります。
なんだか、とりとめなくなってきました。
そろそろ、やめましょうね。
映画の最後に「母の思い出に」と記した小林監督のこころに震えます。
映画のなかではあまり描かれなかった母親像が浮かんできます。
エンディングに唄はなかったのですが、小林監督の「幽霊」という唄を想起しました。
あのなかの、ボクは見ている、といフレーズが、母は見ている、というふうに・・